2010.03.30 はじめました
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窓から見える山の色が変わりはじめた。
先週の木曜日の夜に本の仕事がすべて終わった。
それから、気持ちがゆるんで、ぼうっとすごしていた。
今日は、春の日ざしのなか月に1度、体のバランスを整えてもらっている国分寺の整体へ行った。
ここに通い出して1年とすこし。
以前は気にしていた腰の痛み。いまは、腰痛があったことさえわすれている。
肩こりも、気にならなくなった。
先生は84歳。
本来なら、治療を受けるくらいの年齢なのに、その方に体を診てもらっている。
その整体は、Kさんに教えてもらった。いまは、末ちゃんも通っている。
葉山に引っ越したので、国分寺まで通うのはとても遠いのだけれど
新幹線で通っている人もいるらしいので、往復の電車は読書の時間と思い、のんびり通っている。
電車のなかからは、さくらが見えた。
この前、治療院で聞いた大事なこと。
「よく噛んで食べること、姿勢をよくすること、そして深い呼吸」。基本です。
「知り合いの2歳の男の子に小児がん見つかりました」。
昨日の気功教室で参加していた人が、最後にそう話しはじめた。
時間のあとるときにその子に思いを送ってもらえたら、と。
「大丈夫」「心配しないで」。そんな思いを。
気功の先生はすぐ「みんなで祈りましょう」と、その場で手を合わせ、祈りはじめた。
2分、3分・・・・・・。みんなで気持ちをひとつにして思いを送った。
会ったことはないけれど、男の子の名前をこころのなかで言いながら
わたしもみんなといっしょに祈った。
気がついたら、自然と涙がこぼれていた。
でも、この涙は、わたしの涙ではなかった。わたしが流している涙なのだけれど。
ひと筋だけ流れた涙。ありがとう。きっと、大丈夫。
すこし前『ヒマラヤを越える子供たち』というDVDを見た。
1959年にダライ・ラマ法王が、チベットからインドへ亡命してから
そのあとを追って多くのチベットの人たちが、難民となり、国外へ出ている。
チベットでは、貧しいことを理由に教育を受けられないこどもたちがたくさんいる。
そのためこどもたちは、インドで教育を受けるために生命をかけてヒマラヤを越える。
『ヒマラヤを越える子供たち』は、その一部始終を追ったドキュメンタリー。
30分の映像のなかには、5人のこどもたちがガイドといっしょに
徒歩でヒマラヤを越え、ネパール経由でインドへと向う姿が映し出されている。
教育を受けるため、受けさせるため、一生会えなくなることを覚悟して、旅立つこどもと送り出す親。
無事にたどり着くかさえもわからない・・・・・のに。
映像を通して知ったのは、チベットのこどもたちの現状ときびしい旅。
インドにチベットのこどもたちを受け入れる学校があること。
インドで、チベットのこどもたちの世話をしているのが、ダライ・ラマ法王の妹ペマさん。
ペマさんは、姉のドルマさんが亡くなったあと、学校を引きついでいる。
ご本人は9歳のときにインドへ亡命していて、いまは70歳。
そのペマさんが、来日して講演をする。春の日に。タイトルは「幸せになる」。
生命を掛けなくても教育が受けられるチベットになりますように。
4月3日(土) 午後4時〜6時 聖心女子大学内
http://www.tibethouse.jp/event/2010/1403_jpema.html
今朝、ひさしぶりにきれいな富士山が見えたのでベランダにでた。
そのとき、ウグイスの鳴き声が聞こえてきた。
今年はじめての声。
春だなあ。
おとといの夜、新しい本のための原稿を書き終えた。
1年かけて書いた。
ゆっくり書くつもりではなかったのだけれど、結果的にそうなった。
まだ、終わったわけではないけれど、ひさしぶりにのんびり気分。
昨日の夜は、のんびり気分に浸りたくて、鎌倉のなると屋にごはんを食べに行った。
3月のごはんは、ふきのとうがはいった白いごはんと
トマト1こがまるごとはいった赤出しなど、春のかおりのするごはんだった。
今日は、用事をすませたあと、家のことをいろいろやった。
この1か月、原稿にむき合っていたので、きちんとできていないところがあったから。
途中、Sさんが来たので、ふうちゃんが学校から帰ってくるまでの短い時間、
玄関のコンクリのところに腰をかけ話をした。
ここ数日の春の陽気で、庭のクローバーがもこもこしだしている。
てんとう虫も活動開始。
風があたたかく、日ざしもおだやかで、気持ちよかった。
のんびりにぴったりの1日だった。