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2011.10.16 Fermentation + 追加開催
Fermentation + anuenue (フェルメンテーション・アヌエヌエ)
Fermentation は「発酵」、 anuenueはハワイ語で虹。
前回、告知したところ、うれしいことにご予約ですぐにいっぱいになりました。
キャンセル待ちの方が多数いらしたため、追加で開催します。
今回は、Fermentation + として、クラスをひらきます。
また、当日、鎌倉のBorn Free works(http://bornfreeworks.com/)でひらかれる展示会では、
Fermentation + anuenue が、発酵飲料とミツロウシリーズをご紹介・提供する予定です。
葉山のお帰りに、鎌倉へ・・・というのはいかがでしょうか。
11月19日(土) Fermentation + ご予約に達しました。現在キャンセル待ちです。
午後1時から3時 発酵飲料づくりワークシッョプ
秋の酵素ジュース・コンブチャ・りんご発酵ジュース・キャベツ発酵ジュースづくり
(内容は前回といっしょです)
秋の酵素ジュースをそれぞれ仕込みます。
くだものの切り方、注意する点などを含め、酵素ジュースの基本をおつたえします。
コンブチャは、現在、アメリカで流行中の発酵飲料。
味わっていただきながら、コンブチャのつくり方をおつたえします。
また、コンブチャの素となるスタータもお持ち帰りいただきます。
りんご発酵ジュースとキャベツ発酵ジュースは、ローフードレシピになります。
こちらは白砂糖を使わないでできる発酵飲料。酵素ジュースとはまたちがう味をお試しください。
募集人数 8名(要・予約) 4000円
※酵素を仕込む大きめの手が入る広口ビンと
コンブチャのスタータをいれるちいさなビンをお持ちください。
ちいさなビンはフタがしっかりしまるものをご用意ください。
ご予約の方法
ご予約時に、お名前、お電話番号をお忘れなくお願いいたします。
お支払いは当日、受付でお願いいたします。
ご予約いただいたあとにキャンセルされる方は事前にお知らせください。
予約先 yukohirose1@gmail.com (ご予約は先着順とさせていただきます)
会場 葉山・堀内 十亀家(ご予約の方にくわしい場所をお知らせします)
ワークシッョプ担当
酵素ジュース・コンブチャ 廣瀬裕子
95年から3年間、中島デコさんにマクロビオテックを習い、以後、野菜中心の食生活をつづけている。
酵素との出合いは2009年。中島デコさんに紹介され、以後、つくるようになる。
その人らしいしあわせ、を、単行本の執筆を中心に提案しつづけている。作家。
りんご発酵ジュース・きゃべつ発酵ジュース 松本里美
95年、東城百合子さんのお弟子さんから自然食を学ぶ。
2009年にローフードと出合い、ローフードマイスター1級を習得。
四季のある日本の風土、古人の知恵を大切に、こころのこもったローフードを提案中。一男子の母。
2011.10.15 旅の途中 ここ半年のこと
一体、どのくらい移動しているのだろう? と思うくらい旅がつづいている。
最初は、と言うか、いま思い返すとわかる「最初」は、
2010年秋、四国・奈良の旅からはじまった。
そのあと「13人のグランマザー」のために霧島へ行った。
これはほんとうに不思議な旅で、導かれたような旅だった。
元々は奄美で予定されていた集いは、豪雨のため場所が急遽、霧島に変わった。
情報がほとんどないような状態で
当日スタッフ以外で霧島にたどり着いたのは、わたしたちだけだったらしい。
(書くと長くなるので省略しますが、これはマイケルの魔法です)
そしてそのあとハワイ島へ。
年が変わり春になったとき、311が起こった。起こってしまった。
わたしたちは311の直後、奈良へむかった。
そのまま以前から予定していたバークレー・シャスタの旅へと出かける。
この旅はわたしにとって、いつになく意味のある旅で、いろいろなことに気づかさせてくれた。
そして、バークレーから帰ってきてそのまま奈良の天川神社へ。
この日はとても寒い日で、天川では雪が舞っていた。
バークレー・シャスタの旅から帰ってきてひとつのことに気づく。
正確には、シャスタに滞在していた2日目の朝にはっとして目がさめた。
それは「水」。「聖なる山」。
四国からはじまった旅は、すべて聖山をめぐっていた。
シャスタはその典型のような場所で聖なる山として知られ
ミネラルウォーターとして名前が広まっている水が、とうとうとわきだしている場所。
きれいな水がわくのは、基本的に深い山が必要だ。
そのため、聖山をめぐっていた。
「水」というキーワードが、ここで、やっとわたしのなかに生まれた。
意識してはじめた旅ではなかったので、気づくのに半年かかった。
しばらくすると、旅の間隔が短くなりはじめたことに気づく。
手帳には、つぎの旅、つぎの旅と、予定がうまっていった。
311があったことは大きいと思う。
「いつでも会える」と思っていた人と会えなくなってしまうこと。
それがとても広い範囲で、多くの人に起こった。わたしにも起こった。
そのことを経験して
「行けるときに行こう」「会いたい人には会おう」と決めた。
反対に、必要のないこと、もの、関係は手放すことにした。
わたしの手でかかえられるものは、限られている。
シャスタで受けとったのは「水」というメッセージと「つぎのところへ」ということだった。
夏のはじまりからいままで、姫路・淡路・高知・博多・滋賀・大分・愛媛・京都
アリゾナ(ホピ・ナバホ)・ロサンゼルス・モロカイ島・ハワイ島・
再び高知・松山・奈良・そして仙台とまわった。
車、列車、バス、飛行機。
いろいろな交通手段を使っているため、
列車に乗ってシートベルトを探してしまったり、
反対に必要なシートベルトをするのをわすれてしまったり。
ときどき、混乱して、自分でも笑ってしまう。
そのくらいわたしにとっては「動いている」のだろう。
話はそれるけれど、
その間にお話会を企画したり、611のイベントをしたり、ワークシッョプをしたり
「5年後10年後こどもたちが健やかに育つ会」を立ち上げて行政と交渉をしたりしていた。
日記を書いていないのがときどき気になっていたけれど、
ふり返ると、それは「まあ、仕方ない」と思える。
仙台は、この前の満月の日に行った。
青麻神社というところで、ワイタハ族のチーフが311の鎮魂のため、祈りを捧げる会があった。
ワイタハ族は、ニュージーランドのネイティブの人たちで、
むかしから龍とつながっていると言われている人たちだ。
夏にアリゾナのポピの人たちにいっしょに会いに行ったみきこちゃんにさそわれた。
これはおもしろいつながりかあって、アリゾナから帰って来て
9月にハワイ島のけいこちゃんのところへ行ったとき
「龍の人たちの本があるのだけど・・・」と言ったら
けいこちゃんが「この本でしょう」と取り出してきた。
けいこちゃんには、いつもおどろかされる。
さらに、仙台からきたみきこちゃんと
鎌倉のミドルズというネイティブのものがあるお店へ行ったとき
ワイタハ族のことを話したら、そこにはワイタハ族の地にあった大きな石が置かれていた。
大きなみどり色の石。
祈りの会には、その鎌倉のお店のノブさんもいっしょに参加した。
会は、とてもいい時間で、アイヌの方たちも多く参加していた。
みんなで満月のもと祈った。
書きはじめると終わらないくらい、すへてのことが「つながり」
必要な人と「つながり」はじめている。
去年の秋、霧島で会った2人の女性とは、この夏、偶然にも(必然にも)
いっしょにアリゾナを旅をすることになった。
それには、すこしおどろいたけれど、
つながっていること、いくことに、最近は、おどろかなくなっている。
アリゾナの旅に関しては、いまとなっては、いっしょに行くように「なっていた」と思う。
「つながること」。
「清き水」とおなじくらい、わたしにとっていま必要なことなのだと思う。
そして、311が、深いところで関わっている。
アリゾナにはポピの人たちに会いに行った。アリシア・ベイ=ローレルさんとともに。
このことは、もうすこしたら書こうと思う。
時間がすこし経って「すとん」と体の深いところに落ちたら。
まとまりのない日記になってしまった。
書きながら整理したいと思っていたけれど、
半年のことは一度に書けない・・・と書いていてわかった。笑
旅の報告は改めて。
10月23日、ハワイ島から小田まゆみさんがいらしてお話会をひらいたあと
わたしは、ふたたび奈良へ行く。
それから、どうなるのか、どうするのか。
まだ、きっと、旅の途中なのだろう。
Fermentation + anuenue
11月12日のミツロウクリームづくりのご予約は、あとおひとりとなりました。
2011.10.10 Fermentation + anuenue ワークシッョプ
Fermentation + anuenue (フェルメンテーション・アヌエヌエ)
Fermentation は「発酵」、 anuenueはハワイ語で虹。
Fermentation + anuenue は、体とこころにいいものをおとどけします。
今回は、マクロビオティック・ローフードを超えた「発酵」「酵素」という括りのワークシッョプと
ラベンダーとティーツリーのミツロウクリームづくりのワークシッョプをお送りします。
11月6日(日) 1のFermentation + 3の + anuenue ともにご予約に達しました。
現在キャンセル待ちです。
11月12日(土) 1のFermentation + 3の+ anuenueの回はともにご予約に達しました。
現在キャンセル待ちです
各日とも
1 午前10時から12時 Fermentation + 発酵飲料づくりワークシッョプ
2 12時から12時40分 ローフードスープランチ(希望者の方)
3 12時40分から午後1時10分 + anuenue ミツロウクリームづくりワークシッョプ
1 発酵飲料づくりワークシッョプ
秋の酵素ジュース・コンブチャ・りんご発酵ジュース・キャベツ発酵ジュースづくり
秋の酵素ジュースをそれぞれ仕込みます。
くだものの切り方、注意する点などを含め、酵素ジュースの基本をおつたえします。
コンブチャは、現在、アメリカで流行中の発酵飲料。
味わっていただきながら、コンブチャのつくり方をおつたえします。
また、コンブチャの素となるスタータもお持ち帰りいただきます。
りんご発酵ジュースとキャベツ発酵ジュースは、ローフードレシピになります。
こちらは白砂糖を使わないでできる発酵飲料。酵素ジュースとはまたちがう味をお試しください。
募集人数 8名(要・予約) 4000円
※酵素を仕込む大きめの広口ビンとコンブチャのスタータをいれるちいさなビンをお持ちください。
ちいさなビンはフタがしっかりしまるものをご用意ください。
2 ローフードランチ
3のミツロウクリームづくりワークショップに引きつづき参加される方
おなかがすいた方に軽いランチをご用意いたします。
メニューは、ローフードスープランチです。
500円(要・予約)
3 ラベンダーとティーツリーのミツロウクリームづくりワークシッョプ
自分でかんたんにできるミツロウクリームの作り方をおつたえします。
クリームとして、虫さされとして、リップクリームとして使えるミツロウクリーム。
ひとつあれば使い道がたくさんありますし、かんたんにつくることができます。
ご自宅でもつくれるように、道具一式(計量スプーン・かきまぜ棒など)も
お持ち帰りいただけるワークシッョプです。
募集人数 8名(要・予約) 1500円
ご予約の方法
1・3、それぞれ、ご参加希望のワークシッョプをお知らせください。
(123とすべてのご予約も可能です。 2ランチと3なども可能です)
2のランチを希望される方は、ランチ希望とお書きください。
食べ物の持ち込みも可能ですので、ご自分で用意されても構いません。
ご予約時には、お名前、お電話番号をお忘れなく。
お支払いは当日、受付でお願いいたします。
ご予約いただいたあとにキャンセルされる方は事前にお知らせください。
予約先 yukohirose1@gmail.com (ご予約は先着順とさせていただきます)
会場 葉山・堀内 十亀家(ご予約の方にくわしい場所をお知らせします)
ワークシッョプ担当
酵素ジュース・コンブチャ 廣瀬裕子
95年から3年間、中島デコさんにマクロビオテックを習い、以後、野菜中心の食生活をつづけている。
酵素との出合いは2009年。中島デコさんに紹介され、以後、つくるようになる。
その人らしいしあわせ、を、単行本の執筆を中心に提案しつづけている。作家。
りんご発酵ジュース・きゃべつ発酵ジュース 松本里美
95年、東城百合子さんのお弟子さんから自然食を学ぶ。
2009年にローフードと出合い、ローフードマイスター1級を習得。
四季のある日本の風土、古人の知恵を大切に、こころのこもったローフードを提案中。一男子の母。
ラベンダーとティーツリーのミツロウクリーム 有岡純子(にじいろや)
自然の恵みによる素材のみを使い、アロマの虫よけスプレー、
ミツロウクリームなど、オーガニックコスメをつくっている。
石油由来の成分を使用しない、赤ちゃんから大人まで使える安心なものを提供する。
www.web.me.com/nijiiroya/
2011.09.27 小田まゆみさんとお話会
10月23日、ハワイ島から小田まゆみさんがいらしてくれることになりました。
まゆみさんからのリクエストでふたりでトークをします。
まゆみさんとは、ハワイ島の取材で5年前に出会いました。
それから、メールでやりとりをしたり、東京のイベントでお会いしたり。
今年、ふたたび、ジンジャーヒルをおとずれたとき、今回のお話会をひらくことになりました。
秋の1日、よろしければいらしてください。
・・・・・・・・・・
小田まゆみさんとお話会
「体とたましいのクレンジング」
ジンジャーヒルは、ハワイ島ケアラケクアの高台にある海の見える気持ちのいい場所。
小田まゆみさんは、そのジンジャーヒルで2000年から
「ファーム&リトリート・センター」を開いています。
その小田まゆみさんが葉山にいらしてくれることになりました。
10月23日。お話し会をします。
ジンジャーヒルの1日は、瞑想とヨガからはじまります。
まいにちの食事は、自分たちの畑でとれた野菜メインの食事。
マクロビオティックとローフードを組み合わせた、体に気持ちいい食事です。
ジンジャーヒル滞在中は、デトックスのプログラムを受けたり、次のステップにいく準備をしたり。
ハワイ島の気持ちのいい風と遠くに見える海、生い茂る木々の力、新鮮な野菜・くだもの。
おとずれた人は、みんな元気になっていきます。
今回、まゆみさんと「クレンジング」について話をします。
体のクレンジング(デトックス)から、たましいのクレンジングまで。
ジンジャーヒルでの方法から、
免疫を高めると言われている酵素をたくさん含む食品の話など、
日々のなかでできることをシェアしたいと思います。
また、まゆみさんの作品の一部(復興支援のための作品を含む)もご紹介・販売いたします。
10月23日 午後1時から3時 (開場 12時30分)
予約制 料金 2500円(ドリンクつき)
場所 葉山堀内・十亀宅(ご予約の方にくわしい場所をお知らせします)
一部を東日本大震災復興の募金にさせていただきます。
予約先 yukohirose1@gmail.com
小田まゆみさんプロフィール
1941年・東京生まれ。東京芸術大学卒業後、ニューヨークのプラット版画工房で学ぶ。
東京国際をはじめ数多くの国際ビエンナーレに出品。全米、日本各地で個展を開催する。
「日本のマチス」として多くの人に知られており、
女神をモチーフに女性と自然とのつながりをテーマにした作品を数多く世にだしている。
作品は、ニューヨーク近代美術館、ボストン美術館、栃木県立美術館、東京芸術大学など、
多くの美術館でコレクションされている。
92年、東京とカルフォルニア・バークリーに、命(財団)を設立し、
プルトニアムフリーフィチュアー(虹の蛇)などの平和環境運動を繰り広げる。
アーティストとしての活動だけではなく、
平和環境運動やアメリカ政府が企業に依頼した女性のリーダーを育成する、
リーダーシップトレーニングのスピリチュアルトレナーとしても活躍している。
現在は、ハワイ島の広大なオーガニックファーム『ジンジャーヒルファーム』で、
アーティストとしての活動に加えて、
多くの人たちとオーガニックファーミングへの愛情を分かち合いながら、
いのちを大切にした生き方を若い人たちと送っている。
小田まゆみさん
http://gingerhillfarm.com/ホーム
2011.09.17 3回目の田中優さんお話会
311以降、2回、葉山にきてくれた優さんのお話会を
年内最後(多分)葉山でひらくことになりました。
半年経ったいまも福島の問題は終わっていません。
遠くの問題だと思っていたことも
食べ物のこと、ガレキの処理など、わたしたちの生活にも直接、関わってくるようになりました。
1度、聞かれたかたも、はじめての方も、優さんの言葉を直接、聞いていただけたら。
変わりはじめていることをもっと変えていくために、ぜひ、いらしてください。
・・・・・・・・・・
もう一度 田中優さん お話会
「 いまだから、わたしたちができること 」
ー 福島原子力発電所の事故を受けて ー
10月1日 (土) 午後7時15分から (午後6時30分開場)
会場 葉山町堀内2100-175 十亀宅
JR逗子駅から京浜急行バス10分・葉山小学校前下車・徒歩5文
参加費 大人(大学生以上)1000円 定員120名
お問い合わせ先 090-2320-5027(そがめ)
m_sogame@jcom.home.ne.jp
予約は必要ありません。会場に直接、お越し下さい。
駐車場がありませんのでお車での来場はご遠慮ください。
近隣の路上駐車もご遠慮願います。
託児はありませんが、お子さん連れで構いません。
こどもたちを見守りながら、お話を聞きたいと思います。
当日、お茶のご用意はありません。水筒などご持参ください。
玄関スペースがせまいため、靴を入れる靴袋をお持ちください。
床座りのため、必要な方はクッションなどお持ちください.,
田中優さんプロフィール
環境活動家。未来バンク理事長、ap bank監事
日本国際ボランティアセンター理事、
自然エネルギー推進市民フォーラム理事など。
福井県立大学・和光大学・大東文化大学非常勤講師。
著書に『日本の電気料金はなぜ高い』(北斗出版)
『戦争って、環境問題と関係ないと思ってた』
(岩波ブックレット)など多数。
2011.08.03 「いまから、これから、大切な食べ物のお話し
定員に達しました。ありがとうございます。
8月29日、全国を旅している冨田貴史さんが葉山にいらっしゃいます。
2年間、旅つづきの冨田さんが元気なのは、
「いつも持ち歩いているものがあるから」だそう。
それは、鉄火味噌、ごま塩、30年物の梅干し・・・など。
すべて、体を健やかにしてくれるもの。
冨田貴史さんに、持ち歩いているもののお話について、
日々の食事について、教えていただくとともに
酵素、麹、乳酸菌をふくむ食べ物について
みんなが持っている知識をシェアしたいと思います。
また、311以前、以降、旅のなかで感じたこともお話いただきます。
8月29日(月) 新月
場所 逗子・ビーチマフィン
時間 午後3時から5時(2時45分開場)
料金 1000円 + オーダー
(当日だけのお菓子とドリンクのセットをご用意しています)
定員 30名
託児はありませんが、おこさん連れでも可能です。
お申込の際、人数と年齢をお知らせください。
酵素ジュース、砂糖を使わないキャベツ酵素、甘酒など、作り方をおつたえします。
筆記用具をご持参ください。
主催 5年後10年後こどもたちが健やかに育つ会・葉山
申込 5nen10nen@gmail.com
お電話番号をお願いいたします。
冨田貴史さんプロフィール
ファシリテーター。京都在住。
各地で年間200本以上のイベント・ワークショップを行う。
旧暦、陰陽五行、
エネルギーシフト、13の月の暦などをテーマにしたワークショップのほか、
酵素作りのワークショップなども開く。
著書に「わたしにつながるいのちのために」「美しい海とわたしたちの未来」
2011.06.25 春の酵素仕込み
梅の酵素を仕込んだ。
数年前までは、せっせとみりんの梅酒を作っていたけれど、いまは梅の酵素に変わった。
梅の季節の前に友人から「今年はどうするの?」と聞かれ
「もちろん、作るよ」と返事をした。
その友人とは、お味噌もいっしょに仕込んでいる。
一昨年の春から作りはじめた「酵素」。
きっかけは以前、葉山に暮らしていた友人が誘ってくれたのがはじまりだ。
体調をくずした同じ年の友人は、だれかから「酵素」がいいとすすめられ
「いっしょに作らない?」と、声をかけてくれた。
その前から、中島デコさんに酵素をすすめられていた。
作り方がよくわからないままでいたとき、
冨田貴史さんから酵素の作り方を教えてもらった。
作りながら「これは、よさそう」と感じていたので
本格的に作り方を教えてもらうことに迷いはなかった。
訪れたのは、小田原。
そのときは、春の草の酵素を作りたかったので小田原まで行った。
酵素は材料を揃え、作業をはじめたら短時間で作り終えることが大事らしい。
草の場合は、摘みとる量も多く、洗う時間もかかるので人手がいる。
そこで、小田原の施設にいるこどもたちの力を借りて作ることにした。
草は「トリカブト」以外ならなんでもいいとのこと。
春に出た若芽を中心に、5、6人のこどもと大人で手早く摘んでまわった。
そのときは、漬け物樽の大きなものをふたつ仕込んだので草は10キロ。
草の種類も30種類くらいあったと思う。
摘んだ草は、わき水のちいさな川でさっと洗い、ざくざくと包丁をいれた。
とたんに辺りに青い草のかおりが広がり、そのなかで作業をつづけた。
砂糖と材料の比率は11対10。材料に対して1.1倍の白砂糖を用意しておく。
日ごろ、白砂糖が身近にないので、最初、この量におどろいた。
マクロビオティックをはじめ白砂糖をあまり摂らないようにしている人は
「だ、大丈夫?」と思うだろう。
作り方は簡単。
材料は、季節のものにすること。
春から夏に飲むものは、梅やビワ、柑橘類など地元でとれるくだもの。春の草。
秋から冬に飲むものは、サツマイモや柿、りんご、木の実、穀類。
冬に春夏のものを仕込んだり、飲んだりしないことが大事。身土不二の考えと同じ。
果実や木の実を使うときは、両端を切り、断面を多くする。
オレンジはスライスに。梅はまん中のくぼみを中心に両端に包丁をいれる。
容器の一番下に砂糖を敷きつめ、材料と砂糖を交互に重ねていく。
一番上は砂糖でフタをする。砂糖で材料をはさみこむ形。
気をつける点は、なるべく金物を使わないこと。
包丁も理想を言えばセラミックなどがいいらしいし、
あとで漉すザルもプラスチックをすすめられた。
わたしは、包丁は手持ちのステンレスをそのまま使っているけれど
ザルは樽に合わせた大きなプラスチックのものにしている。
翌日から水分が自然にでるので、砂糖を溶かす要領でまぜていく。
大きな容器の場合は、底の方から大胆にかきまぜる。
仕込んだ酵素を置いておくのはリビングなど、その家の人の気配がするところがいい。
かきまぜるときも、素手がよく、とくにこどもの手はおすすめ。
声をかけたり、紙にメッセージを書いて容器にはるのもいいらしい。
いい波動、その家の、人の波動をつたえていくということなのかな。
今回は友人のこどもが「ありがとうございます」と紙に書いてくれて、それを樽にはった。
1週間もすればジュース状になってくるので、それを漉してつめればできあがり。
気温が低いと発酵しにくいので、そのあたりは「カン」で。
酵素は生きているので、レシピ通りにいかないこともあるけれど
アワがでなくてもちゃんとできているときもある。飲んでみて「おいしい」ければできている。
フタはきっちりしないで軽くして、涼しいところにおいておけばいつまでも保つ。
発酵が盛んなときはあふれてくるので、移し替えるときは
容器の上部に余裕を持たせること。
わたしは最初きっちり入れすぎて、気づいたらあふれていた。
できたものは、ちがう種類のもの(たとえば梅酵素と草酵素)とは混ぜないこと。
小田原で作ったときは、発酵助成材(成分は自然のもの)を入れたり、
海の精(海草)を入れたけれど
いまは、わたしはてん菜糖の白砂糖(すずらん印)だけで作っている。
311、福島で原子力発電所の事故が起きてからセシウムが検出された所がある。
神奈川県も茶葉からセシウムがでた。静岡でも検出されている。
と、いうことは、葉山も検査したら出るかもしれない。
梅はセシウムを吸収しやすいので、梅の酵素を作るときは
いまは、できるだけ西で採れたもののほうがいいと思う。
わたしが最初に教えてもらった作り方は、北海道の十勝均整社の方法。
参考にしてみてください。
http://kinseitedukuri.p1.bindsite.jp/temp.html
そうそう。飲むときに自分の指でひとまぜすると、さらにいいということ。
常在菌がはいるから、らしい。
2011.06.21 611「SING FOR LOVE」宮城からの手紙
6月11日、鎌倉の雪ノ下カソリック教会で開いた「SING FOR LOVE」で
読み上げた宮城からの手紙です。
いただいた手紙をサイトなどで紹介する場合、
実名を掲載しないという約束をしたので、今回はイニシャルにしています。
ご理解ください。
・・・・・・・・・・
宮城県 山元町 kさん
Kさんは、6歳、3歳、0歳のお母さん。
宮城県南部の海沿いの町、山元町に家があります。
震災当時、山元町は地震と津波で壊滅的な被害に遭いました。
昨年11月11日に生まれたこどもは、大震災の日に4ヶ月を迎えました。
無事に避難所へ避難することができた私たち家族は、
人伝いに津波で家が浸水したと聞かされました。
津波に遭遇する前に避難したので、
現実が信じられない気持ちと、あきらめきれない気持ちと、
これからどうするのか、どうなっていくのか、全く想像ができませんでした。
車の中で、そんな事を思いながら一夜を過ごしました。
夜が明けはじめると、起きて、朝日が昇るのを見ました。
地震直後、津波が押し寄せているときは、雨は降っていないのに、
嵐のような荒れた空で、怖いくらいの真っ黒い入道雲が覆っていました。
しかし、夜になると空いっぱいに明るく星が輝き、
次の日の朝は、あの震災が無かったかのような
鮮やかすぎるオレンジ色の朝日を家族と共に見たのです。
朝日を見ていたら、本当に必要なもの・大切なものがはっきり見えてきました。
いつもは家事に追われ、こども達が疲れるまで遊んであげることはできないですが、
夜が明けはじめると学校内の遊具でおもいっきり遊びました。
こども達のまわりには、家族、地域の方々、
少し大きいお姉さん達が常にいて、日が暮れるまでたくさん遊んでいました。
大人達は時間を気にすることなく、地域の人たちとおしゃべりをし、
今までよりも人々の関係が深まったように思います。
家族が何に追われること無く一緒にいられる この穏やかな時が、
とてもいとおしく思いました。
電気が通っていなかったので、日が暮れれば、皆 体育館や車の中に入り寝ていました。
私たちは、こどもがまだ小さく、他の方の迷惑にならないように車にいました。
主人の両親と、こども達がこんなに一つの場所に一緒にいたことは初めてのことです。
また、出産後、日が暮れ始めてから次の朝が来るまで、
こどもをずっと抱っこし続けたのも初めてのことでした。
この大震災の中で、数えきれないほどの悲しみが生まれましたが、
こんなに人の気持ちが動くのを目にしたのは初めてのような気がします。
何か大切なものを手に入れられるいい機会なのかなと。
まだまだ心配なく、安心して暮らせる日が来るのは先です。
山元町は汚泥やがれきの山で囲まれています。
そのため、肺炎もはやっているそうです。
こんな不安な環境ですが、山元へ戻ることを決めました。
家族が一緒に暮らせることができるだけで良かったのだと思っています。
・・・・・
宮城県 塩竈市 Tさん
Tさんは、震災後に「家が流された」と聞き、避難所で生活しました。
家の周辺は、しばらく立ち入り禁止になり、
家の様子を確認することもできなかったそうです。
さいわい、津波は家の手前で止まり、家は無事でした。
3月11日、それは恐ろしい揺れと津波、悪夢の始まりでした。
私たち家族も避難所生活を送る事になり、
その夜は乾パン1袋、水を家族4人でわけあって過ごしました。
電気、水道、ガスと全てが使えず、欲しい物も買えない、
一番怖かったのが世の中の情報、地域の状況すら伝わってこない事でした。
今まで使いたい放題、食べたい放題の生活をしてきた私たち家族にとって、
苦痛の日々でした。
三ヶ月が経とうとしている今、
思いかえせば、あの困難は私には必要な事だったのかもしれないと思います。
でもそれは、私たち家族が全員無事であったからこそ言える事でしょう。
ただ親として、私たちも被災者でありながら娘に
「私も誰かのために何かしたい」と言われた時は、
やっぱり悪い事ばかりではなかったと感じました。
人の温かさ、優しさ、頑張っている人、そんな事でいつも泣いています。
ここ塩竈では、日本のため、地域のため、誰かのためにみんなが動いています。
この光景は被災者である者のみが見ることができ、
感じることの出来る「ひとつ」でもあります。
私の周りにも亡くなった方、見つからない方、
家や車と流された方がまだまだいらっしゃいます。
どうか、この震災を忘れないで下さい。どこかで、ふと思い出してください。
そして、この震災の犠牲者の事を思って下さい。
それが残された私たち、これから生きていく人達の役目だと思っています。
・・・・・・・・・・
宮城県 仙台市 Aさん
仙台の街に近い、古いお寺などの残る内陸の地区に住んでいます。
壊滅的な沿岸部とは違って、震災の被害は少なかったということです。
3月初めに出産したAさんは、震災の2日前に退院したばかりでした。
私は地震の1週間前に待望の第二子を出産しました。
彼は生きてるのが不思議な程、重い障害があります。
地震の時は彼だけまだ病院にいて、1人で頑張っていました。
地震後は病院と連絡がとれず、二日後に会いに行くまで、
無事だろうとは思いつつ心配で心配でたまりませんでした。
病院は幸い断水することなく自家発電で最低限機能しており、
NICUではお医者さん、
看護師さんが自宅にも帰らずに赤ちゃんたちを見守ってくれていました。
本当に涙が出るくらい有り難かったです。
ライフラインの復旧を待って退院し、今は一緒に過ごしています。
かわいくてかわいくて仕方ありません。
かわいくて、普通に産んであげられなかったことが申し訳なくて、
一緒に死んでしまいたいと思ったこともありました。
でも、みんなが彼の誕生を喜び繋げてくれた命、
せっかく授かり地震を乗り越えた命を、精一杯生かしていくのが母親ですよね。
彼が全ての新たな始まりなんだと、「T」と名付けました。
あの地震で多くの命が亡くなり、
まだ小さいのに絶たれた命の分まで、その人たちの想いを背負って逞しく生きるのが
彼の使命なんだと思います。
3月11日、たくさんの人に心配をかけました。
たくさんの人にどれだけ支えてもらって、
助けてもらって、優しくしてもらったか、その恩は決して忘れません。
命の繋がり、人との繋がりを大切に、子どもたちを愛して、
少しずつでも恩返しをしていきたいと思います。
皆さんに感謝しています。
ありがとうございます。
子どもたちが安心して暮らせる日本になりますように。
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宮城県 仙台市 Mさん
2011年3月11日、その日を境に私たちの目の前に広がるこの世界の
姿は、何もかも変わってしまいました。
それまでのごく当たり前であった安穏とした生活は、
もうありません。
今まで経験したことのない困難が、次々に押し寄せてきています。
私たちはどれだけの試練に耐えていかねばならないのでしょう。し
かしこのような困難の中にあって、何が大事で何が大事でないか
が、はっきりと見えてきた事は幸いなことでした。
子どもたちは“希望”です。私たちが住むこの世界の“希望”そのもので
す。子どもたちの光り輝く未来を、強い意志で思い描くことを、私
たちは決して放棄してはなりません。
子どもたちの未来を守りたい。そのために子どもたちの“”を全力で
守りたい。思いを行動に変えていく勇気を持ち続けていきたい。
そう思っています。
東北は、人々が人間以外の生命とともに冬の寒さに耐え、
春の到来を喜び、土の恵み・水の恵みに感謝をし、
互いが互いを思いやる暮らしの中で、つくり上げてきた風土があります。
そのしなやかな強さと優しさをもって、
きっと私たちは光の差し込むほうへ、1歩1歩あゆんでいけると信じます。
2011年3月11日、「あの日から変わったんだね」と、いつの日か、
子どもたちが明るく話せる日が来ますように……。
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宮城県 栗原市 Mさん
Mさんは、仙台の隣駅に位置する所でマンション暮らしをされていました。
現在は、宮城県北部の栗原市に引っ越され
田んぼや畑を手伝っています。
地震のあと、私たち家族は夫の実家である栗原市高清水に避難しました。
田舎町だったためか水の配給がかなりおくれたのですが、
幸い昔からある井戸水が役に立ちました。
仙台のマンションでは排便も一苦労でしたが、
こちらに来てからは畑にしました。
自然の力を借りて、生活するにはなんとか問題なく過ごせるようになりました。
つくづく田舎の力強さを肌で感じることとなりました。
今回の原発事故、政府に思う気持ちはあります。
でも、なにより、電力の力に頼りすぎてなにも考えずに
生活してきた自分達の愚かさを痛感しました。
あるもの、便利なものは湯水のように使う、
どこか他人まかせで自分ではなにもしない、
それでは誰より未来に生きていく子供達に申し訳ない気持ちです。
これからでも間に合うことなら、今までの生活を改めて、
自然力を信じて皆で未来の子供達の生活を明るいものにしていきたい!と強く思います!
みなさん、一緒にがんばりましょう!
2011.06.21 ステッカー作戦・2 ご報告
ステッカー作戦・2のご報告です。
昨日、最後の入金がおわりました。今回は40730円になりました。
ご協力いただいた方、ありがとうございます。
被災地のご縁のある方に、かなちゃんと相談してお渡しします。
決まり次第、ご報告します。
ありがとうございました。